医療機関における患者と医師のマッチングの最適化は、患者体験の向上や医療サービスの効率化において極めて重要な要素です。特に、複雑な専門領域や多様な保険適用条件、場所の制約といった要素が絡み合う米国の医療環境においては、適切な医療提供者(プロバイダー)との出会いが、患者の満足度や医療結果に大きな影響を与えることがあります。
この課題に取り組む企業の一つが、Kyruus(キルース)です。Kyruusは長年にわたって、医療機関向けに患者と医療提供者との適切なマッチングを実現するデジタルソリューションを提供してきました。そしてこのたび、同社はAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)の生成系AI(Generative AI)テクノロジーを活用し、さらに高度で個別最適化されたマッチング体験を実現する新ソリューションを開発しました。
この記事では、Kyruusが構築した生成AIベースのプロバイダーマッチング・ソリューションについて、その背景、技術的なアプローチ、得られた成果、そして今後の可能性について紹介します。
医師の検索は、なぜ難しいのか?
米国の大規模な医療機関では、数百から数千名に及ぶ医療提供者が所属しています。その中から自分の症状やニーズに合致した医師を見つけ出すのは、患者にとって非常に困難なことです。単に専門科目が一致するだけではなく、保険の適用範囲、診療可能な場所や言語、患者の性別や年齢に対するポリシーなど、さまざまな要素を考慮する必要があります。
Kyruusは、これらの多様な要素をデータベース化し、マッチング可能な構造に変換すると同時に、患者が自然な言葉で情報を検索できるようにする「ProviderMatch」というプラットフォームを運営してきました。このプラットフォームでは、患者ポータル、コンタクトセンター、モバイルアプリなどを通じて、患者が求めている医療提供者に簡単に辿り着ける環境を提供しています。
しかし従来の仕組みでは、検索キーワードの扱いやデータのメンテナンスに限界があり、常に完全なマッチングが保証されていたわけではありません。ここで同社が着眼したのが、生成系AIの革新的な可能性です。
生成AIを活用したプロバイダーマッチングの強化
Kyruusが構築した新たなソリューションでは、Amazon BedrockとAmazon Titan EmbeddingsといったAWSの先端的な生成AI機能が利用されています。Amazon Bedrockは、さまざまな生成AIモデルをAPI経由で簡単に活用できるプラットフォームであり、Kyruusのプロダクト開発においてスピーディーなイノベーションを実現するための基盤となっています。
まず、患者が入力する自由形式の自然言語クエリ──たとえば「腰が痛くて、女医さんに診てもらいたい」「糖尿病の管理について相談したい」といった問い合わせ──を、従来の単純なキーワード検索ではなく意味に基づいた検索に変換する技術が導入されました。これは、Embeddings(埋め込み表現)と呼ばれる技術により、入力されたテキストや医師の情報を高次元のベクトル空間にマッピングすることで実現されます。
Kyruusは、Amazon Titanを用いて自然言語データ全体を意味的に理解・比較できるようにし、ユーザーの意図にもっとも沿ったマッチングを行う仕組みを構築しました。これにより、単語が完全に一致していなくても、意味が近い医師を提示することが可能となり、検索精度と患者満足度が大きく向上しています。
ノーコードによる迅速なプロトタイピングと反復開発
Kyruusのエンジニアリングチームにとって、Amazon Bedrockのもう一つの利点は、ノーコード・ローコードで迅速にプロトタイピングが行える点にあります。自然言語処理(NLP)やLLM(大規模言語モデル)の知識を深く持たなくても、AWSが提供するレイヤードなAPIとツールを使って、高度なマッチング機能をわずかなコード量で実装できるため、反復的な改良が可能になります。
この柔軟性は、医療という高度に規制された環境において試行錯誤を重ねるための重要な基盤となりました。たとえば、新たなマッチングロジックをA/Bテストで評価し、ユーザー行動やエラー率、検索成功率に基づいて自動で改善を行うアプローチも導入されています。
セキュリティとプライバシーの確保
医療分野においては、扱うデータがPHI(保護対象医療情報)であることから、セキュリティとプライバシー保護が極めて重要な要件となります。その点でもAWSは、高度なセキュリティサービスとコンプライアンスフレームワークを提供しており、Kyruusはそれらを活用して、安全かつ信頼性の高い生成AIソリューションを開発しています。
Amazon BedrockはAWSの他のセキュリティサービス(たとえば、AWS Identity and Access Management、Amazon CloudWatch、AWS Key Management Serviceなど)とスムーズに連携するため、機密情報の管理やログの追跡、アクセスコントロールを簡単に実現できます。Kyruusはこれらの仕組みを組み込みながら、患者や医師の個人情報を保護し、規制要件に準拠したAIサービスの設計を行いました。
生成AIによる体験の劇的向上
Kyruusが提供する新しいマッチング体験は、すでに数多くの医療機関で導入が進んでおり、患者からも高く評価されています。これまで検索に時間がかかっていたユーザーでも、より自然で直感的な検索が可能となり、不安なく医師を選択できるようになったという声が寄せられています。
検索された医師のマッチ度も大きく向上し、検索→予約→受診までのコンバージョン率が改善。また、医療機関側でも、マッチングミスの低減によって診療開始後のキャンセルや再手配が減少し、オペレーションの効率化とコスト削減が実現されています。
未来のヘルスケアに向けて
グローバルに見ても、生成AIを臨床以外の領域──たとえば患者支援や情報検索、予約システムなど──に導入した取り組みはまだ過渡期にあります。Kyruusのように、AWSのクラウドインフラとAIサービスを活用して、現場課題に即したソリューションを迅速かつ安全に構築できる事例は、今後の医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の羅針盤となるでしょう。
医療は人の命に関わる分野であるが故に、新たな技術の導入には慎重さと信頼性が求められます。その中で、ユーザー体験を第一に考慮しながら生成AIの可能性を活かすというKyruusのアプローチは、多くの業界関係者にとって学びになるものです。
これからの医療は、ただ情報を検索するのではなく、“会話するように”自分に最適な医療提供者に辿り着ける時代へと歩み始めています。その未来を支える土台として、生成AIとクラウド技術が果たす役割は今後もますます大きくなるでしょう。KyruusとAWSの協働が拓いた新たな一歩は、ヘルスケアの民主化とユニバーサルアクセスの実現に向けた前進そのものといえるのです。