AIによる福祉支援——その公平性と課題の本質に迫る
近年、人工知能(AI)の進化は目覚ましく、私たちの暮らしのあらゆる分野にその影響が広がっています。中でも注目を集めているのが、福祉行政におけるAIの活用です。生活保護、住宅支援、就業支援といった社会的福祉制度にAIを導入することで、行政の効率化、予算配分の最適化、個人に合わせた支援の可能性など、さまざまな恩恵が期待されています。
しかし、テクノロジーの革新には常に光と影が伴います。福祉におけるAIの導入においても、「公平性(フェアネス)」という道徳的かつ技術的に極めて重要な課題が立ちはだかっています。なぜ、福祉AIの公平性を確保するのはこれほど難しいのでしょうか?
この記事では、MIT Technology Review誌に掲載された討論シリーズ「Roundtables: Why It’s So Hard to Make Welfare AI Fair」をもとに、福祉AIに隠された複雑さと、そこから見えてくる社会的・倫理的な問いについて掘り下げていきます。
Welfare AIとは何か
まず、「Welfare AI」とは何を指すのでしょうか。これは、生活給付審査、支援対象者のリスク評価、支援プログラムの適応調整など、社会福祉における業務においてAIを活用する仕組みです。行政サービスにおけるAIの導入は、膨大なデータに基づいた客観的な判断を可能にするとされ、限られた財源の中で最大限の支援成果を上げる手段として、各国で導入が進められています。
例えば、ある自治体ではAIが生活保護需給申請者の情報を分析し、過去のデータと照らし合わせて「本当に支援が必要かどうか」を判断するシステムが運用されています。他にも、子どもの虐待リスクを評価するアルゴリズムや、失業者の再就職支援内容を個別に最適化するプログラムなど、実用例は多岐にわたります。
こうした取り組みは、一見すると合理的であり、技術の力で人手不足や財政圧迫に対応し得る可能性を秘めています。しかし現実はそれほど単純ではありません。
公平性が問われる理由——判断の鍵は誰の手に?
AIシステムが行う判断の背後にあるのは、「データ」と「アルゴリズム」による分析です。問題は、この分析の基盤となるデータそのものが、過去の人間の偏見や制度上の格差を含んでいる可能性がある点にあります。福祉において歴史的に不平等な待遇を受けてきた特定の人々や地域が、過去のデータ上では「リスクが高い」とされてしまうことがあり、その情報がそのまま現在の判断に組み込まれると、無意識のうちに再び格差を生み出す結果になりかねません。
MIT Technology Reviewによる複数の専門家らとの討論では、過去にオランダやアメリカ、オーストラリアなどで起こった実例が紹介されています。AIが生活保護不正のリスクを予測するために導入されたシステムが、特定の民族的バックグラウンドを持つ人々を過剰に「疑わしい」と判断していた例や、機械的な審査によって正当な支援の請求が拒否されてしまったケースなどが報告されています。
これは単なる「技術的ミス」ではなく、人間の目であれば配慮できるような文脈や感情を、AIが読み取れないことに起因しています。人間同士のやりとりにおいては、言葉では説明しきれないニュアンスや、背景事情を踏まえた柔軟な判断が可能ですが、AIは基本的にそのような「曖昧さ」に弱く、数値化できる情報のみに依存してしまう傾向があります。
そもそも公平性とは何か──価値観の衝突
「AIを公平に」と言うとき、多くの人が「差別や偏見をしない」と考えるかもしれません。しかし実際の現場では「公平性」と一口に言っても、その定義は一様ではありません。中には「全ての個人を同じように扱うことが公平」と考える人もいれば、「個々の背景に応じて異なる対応をすることが公平」と捉える人もいます。
たとえば、AIが予測モデルで「貧困になるリスクが高い人」を重点的に支援するとした場合、それは一見すると合理的に見えるかもしれません。しかしそこには、「何をもってリスクが高いとするのか」「その基準は誰が定めたのか」「特定のアイデンティティを持つ人々が無意識に多く選ばれていないか」といった問いが付いてまわります。
つまり、AIが持つ「公平性」の判断基準にも、人間社会における価値観のゆらぎが反映されるということです。これは倫理、社会学、政治、経済など、さまざまな学際的議論を必要とする問題であり、単なる技術者だけではその答えを出すことは困難です。
開発者・政策立案者・市民がともに考える必要性
MIT Technology Reviewの報告では、専門家たちが口々に「福祉AIの設計には多様な視点の導入が不可欠である」と語っています。AIを開発するエンジニア、導入を推進する政策立案者、実際にサービスを受ける市民それぞれが、自らの経験や知識をもとに協働し、AIが持つバイアスや予期せぬ影響を事前に洗い出していく必要があるのです。
また、開発段階において透明性を確保し、「このAIはどういうデータを使って、どんな倫理的原則に基づいて判断するのか」を明示することが求められます。また、アルゴリズムの判断に対して異議を唱えられる仕組み——つまり「説明責任」と「救済」の仕組みを備えることも、社会的信頼の確保には欠かせません。
補助的技術としてのAIの位置づけ
重要なのは、AIが万能の審査官ではなく、人間の判断を支える“補助的技術”であるという認識を私たちが共有することです。AIは過去のデータから未来を予測する手段ではあるものの、それが必ずしも正解であるとは限りません。福祉という人間の尊厳や生きる権利に直結する領域では、柔軟性と人間中心の視点が何よりも重要です。
むしろ、AIによって一元的な判断がなされることのリスクをきちんと認識し、AIによる提案を人間がどう活用し、どのように再調整していくかを熟考する必要があります。AIが示すのはあくまで「ひとつの視点」であり、そこから導かれる判断が社会的に受け入れられるものであるためには、最終的な意思決定に人の目と配慮が欠かせません。
共に未来を築くために
福祉AIの時代は既に始まっています。しかし、その活用が私たちの生活をより良くするための手段であるためには、テクノロジーによる効率化の先に、人間性を軸としたシステムづくりが必要です。公平とは何か、支援とはどうあるべきか――これらの問いは、私たち一人ひとりが社会の構成員として考え、声を上げていくべきテーマです。
AIが福祉を支える未来を共に築くには、単なる機械任せではなく、多様な視点と思考の交差点から生まれる知恵と思いやりが、これまで以上に求められているといえるでしょう。未来の福祉は、技術だけでなく「対話」と「共創」によって形作られていくのです。