企業の法務部門やコンプライアンス部門にとって、eDiscovery(電子情報開示)は不可欠なプロセスとなっています。eDiscoveryは、民事訴訟や規制監査の過程で必要となる電子データの検索、保全、抽出、分析といった一連のプロセスを指し、その複雑性とデータ量の増加にともない、対応がますます困難になっています。
この記事では、Amazon Bedrock Agents を活用して、どのようにインテリジェントな eDiscovery ソリューションを構築できるのかについて紹介します。従来の手動によるデータスキャンや検索処理と比べ、スピーディかつ正確な対応が可能なアプローチであり、法務部署の業務効率を大幅に向上させる可能性があります。
eDiscovery に取り巻く課題
現代の企業活動においては、メール、チャット、クラウドストレージ、CRM、文書管理システム、ビデオ会議記録など多種多様な形式でデジタルデータが生成・保存されています。eDiscoveryプロセスでは、これら膨大な非構造化データを対象に特定のトピック、イベント、人物に関する証拠や情報を抽出し、法務関連の要求を満たす必要があります。
しかし、このプロセスには以下のような課題が存在します。
– データのスケーラビリティ:日々増加し続けるデジタルデータ。
– 多言語対応:国際展開する企業では複数言語のデータを扱うケースも多い。
– データの位置:オンプレミスや複数のクラウド環境に点在するデータソース。
– プライバシーとセキュリティ:情報漏えいリスクへの対処。
これまでのeDiscoveryツールでは、キーワード検索や簡易的なフィルタリングしか提供されないこともあり、本質的な情報抽出や意味理解に乏しく、手作業でのレビュー作業に多くの時間とコストがかかるという問題がありました。
これらの課題に対して、生成系AI(Generative AI)とLLM(大規模言語モデル: Large Language Models)を駆使したソリューションが注目されています。中でも、Amazon Bedrock および Amazon Bedrock Agents を用いることで、より高度で自動化されたeDiscoveryプロセスを実現できるようになります。
Amazon BedrockとBedrock Agentsとは何か
Amazon Bedrockは、AWSが提供する完全マネージド型のサービスで、複数の有名な生成AIモデル(AnthropicのClaude、AI21 LabsのJurassic、MetaのLlama、Cohereなど)を統合的に利用するためのインターフェースです。これにより、開発者や企業は独自にモデルを学習したりインフラを構築したりすることなく、LLMのパワーをすぐに活用できます。
一方、Amazon Bedrock Agents は、特定のタスクに応じた「エージェント」を定義し、インタラクティブなAIベースのアプリケーションを構築するための新機能です。自然言語プロンプトに対して、Bedrock Agents は外部のAPIやデータベースへのアクセス、検索・集計処理、画面表示用のレスポンス成形といった複雑な処理を背後で自動的に実行してくれます。
つまり、Bedrock Agentsを使用すれば、たとえばユーザーが「2023年6月に起きたデータ漏えいに関連するすべての従業員のSlackメッセージを抽出して要約して」とリクエストを出すだけで、バックエンドで必要な検索・フィルタ・要約といった作業をLLMが代行し、ユーザーには整形された結果だけが提示される、という高度なeDiscovery体験を構築することも可能になります。
インテリジェントeDiscoveryソリューションの構成要素
Amazon Bedrock Agentsを活用したeDiscoveryソリューションの中核には、いくつかの要素があります。
1. データソースとの連携
eDiscovery対象となるデータソース(メール、ドキュメント、チャットなど)とBedrock Agentを連携させるには、「Function」で記述されたAPIハンドラーを活用します。たとえば、ある関係者のOneDrive内のドキュメントを検索するための関数を定義し、Bedrock Agentがそれを自動で呼び出すよう設定します。
2. 入力の自然言語解析
ユーザーは自然言語で調査の要件を入力します。Bedrock Agentは、その要件を解析して必要なステップ(どの関数を呼び出し、どのデータを抽出するかなど)を自動で決定します。
3. データのフィルタリングと要約
抽出された非構造化データに対して、LLMが情報抽出や要約、関連性の分析などを実施します。これにより、従来人手でレビューしていた長文メールや議事録も、素早く要点をつかむことが可能になります。
4. 出力結果の提示
ユーザーには、照会に対する精選された回答や要点が提示され、詳細な原文へのリンクなども提供することで、必要に応じて深掘りも可能とします。これにより、レビュー作業の効率が大幅に向上します。
例:Slackメッセージに関する調査シナリオ
たとえば、「あるプロジェクトに関与した従業員のSlack会話を、データ漏えいの兆候を見つけるために解析したい」というシナリオを考えます。
この場合、ユーザーは簡単なプロンプト(”Check whether employees discussed unauthorized data transmission in August” など)を入力するだけで、Bedrock Agentは指定範囲の日付や関与人物といった条件でSlackの記録を検索し、それぞれの会話ログを要約。必要なものだけをフィルタしてレポート形式で提示します。
こういった処理には、一般的なヘルスチェックAPIや、テナントごとに定義されたAPIキーを用いたアクセストークン生成、ユーザーアカウントの認可といったセキュリティ機構も含まれており、安全性と信頼性が担保されています。
法務部門のワークフローへの統合
Bedrock Agentsを中心としたeDiscoveryソリューションは、単なる技術的実装に留まりません。実際の法務ワークフローに組み込めるよう、以下のような配慮が求められます。
– ロールベースのアクセス制御(RBAC)による役職や部門ごとの視認制御
– タグ付けやメタデータによる分類管理機能
– コンテンツの証拠保全(e.g., Legal Hold)との統合
– リーガルレビュー用のインターフェースと連携
これらを備えることで、技術と業務がシームレスに連携し、現場の業務プロセスとの整合性が保たれます。
まとめ:LLMによるeDiscoveryの新しいかたち
Amazon Bedrock Agentsを利用したeDiscoveryソリューションは、従来のキーワード検索と手作業による証拠探索から一歩進んだ、新しいeDiscoveryのあり方を提示しています。
– 自然言語による直感的インターフェース
– 背後での自動的な関数呼び出しとデータ統合作業
– 非構造化データからの価値ある情報抽出
– 柔軟かつ拡張性の高い開発環境
このように、生成AIを活用したeDiscoveryは、迅速性、正確性、コスト効率の面で優れたアプローチであり、今後ますます多くの企業で採用されていくことが予想されます。
法務やコンプライアンス業務の生産性を向上させたい、膨大な非構造化データから的確な証拠をすばやく見つけたいと考えている方にとって、Amazon Bedrock Agentsの活用は非常に価値の高い選択肢となるでしょう。AWSの提供するツール群をフルに活用することで、より強固で柔軟なeDiscovery環境を構築してみてはいかがでしょうか。