ビジネスにおけるコンプライアンス(法令遵守)は、顧客との信頼関係を築き、ビジネスの継続的な発展を実現するうえで不可欠な要素です。特に、金融、保険、ヘルスケアなど、規制業界に属する企業にとって、適切な情報の発信と規制順守は日常業務の中で最重要課題の一つになっています。
本記事では、PerformLineという企業がAmazon Bedrockと呼ばれるAWSの生成系AIプラットフォームを用いて、プロンプトエンジニアリングという手法でどのようにコンプライアンス違反を検知しているかを紹介します。生成AIや大規模言語モデル(LLM)の力を活かし、複雑なドキュメントや多様な形式のデータの中から違反の可能性を自動で識別する仕組みは、多くのビジネスにとって大きなインパクトをもたらすでしょう。
生成AIの活用が広がる今、どのようにこれを安全かつ効果的に応用できるのか、その具体例として参考になる内容です。
PerformLineのミッションと課題
PerformLineは、規制が厳しい業界においてマーケティングコンテンツや営業資料、対話記録など様々なタッチポイントを監視し、それらが各種規制や業界のガイドラインに適合しているかを確認するコンプライアンス監査の自動化を専門としています。
従来、こうした監査は手作業や限定的なルールベースのシステムによって行われており、膨大なデータをリアルタイムで監視するのは大きな負担でした。具体的には、広告で用いられる文言が誤解を招くものでなかったか、販売員が提供する情報に誇張表現や誤りがないか、オファー条件が正しく提示されているかといった点を、人が目視でチェックするような作業が続けられてきました。
PerformLineはこれらのチェック作業をスケーラブルに行えるよう「コンプライアンスAI」の導入を推進しており、最近では生成AIを用いたアプローチに力を入れています。その中核を担うのがAmazon Bedrockです。
Amazon Bedrockとは?
Amazon Bedrockとは、さまざまな基盤モデル(Foundation Model:FM)を統一的なAPIで活用できるサービスです。AnthropicやAI21 Labs、Cohere、Stability AIなど複数のモデルベンダーのLLMを簡単に利用できるため、用途に応じて最適なモデルを選ぶことが可能です。
また、Amazon Bedrockは完全にマネージドなサービスとして提供されているため、機械学習に関する専門知識がなくてもスムーズに導入・活用ができます。これにより、企業はシステム構築に時間やコストをかけることなく、AIの力を自社業務に取り入れることができます。
PerformLineは、AWSのこのプラットフォームを利用することで、プロンプトエンジニアリングを用いたコンプライアンス違反の検出という重要なタスクを、自動かつ正確に実現し始めています。
プロンプトエンジニアリングとは?
プロンプトエンジニアリングとは、生成AIに求める回答を得るために、問いかけ(プロンプト)の設計を工夫する技術です。
生成AIに正確で有用な応答を得るためには、具体的かつ明確な指示が必要です。例えば、「この広告文は規制に違反していませんか?」という曖昧な質問ではなく、「次の文は消費者への誤解を生まない表現になっていますか? 法律で要求される免責事項が含まれていますか?」といったように、詳細で具体的なプロンプトを設計することで、AIの応答の精度を高めることが可能となります。
PerformLineは多くの試行錯誤を繰り返す中で、モデルにとって理解しやすいプロンプトの書き方や構成の最適化を図っています。このプロセスによって、LLMからの判断の一貫性や再現性が大幅に向上し、業務用途に耐えうる出力が得られるようになりました。
データプライバシーとセキュリティへの配慮
コンプライアンスに関するチェックは、往々にして機密性の高い情報を扱うことになります。これらのデータをAIモデルに送信する場合、プライバシーとセキュリティの確保が何より重要です。
Amazon Bedrockでは、基盤モデルへのインタラクションがユーザーの独立した仮想ネットワーク内で完結するため、送信したデータがモデルベンダーによって共有されることはありません。また、PerformLineが使用するAPIはモデルの学習には一切使用されず、機密情報が外部に流出するリスクも最小限に抑えられています。
このように、高いセキュリティ基準の中で生成AIを利用できる点も、PerformLineがBedrockを選んだ大きな理由と言えるでしょう。
実際の運用例
PerformLineは複数の業界とクライアントに対し、規制違反の可能性がある文言の検出を支援しています。例えばある保険会社の広告では、「完璧な補償を保証します」といった表現が使われていた場合、これが「保証の範囲に限定があるため誤解を招く可能性がある」と判断されるケースがあります。
こうした判断を人間が数千件にわたって毎日実施するのは現実的ではなく、生成AIの力を借りることで一括処理が可能になっています。
また、PerformLineはコンプライアンス違反の可能性が指摘されたデータを、社内の法務チームが確認できるように可視化ツールで表示し、修正や報告につなげるためのワークフローも整えています。
プロンプトエンジニアリングの進化と今後の展望
PerformLineはAmazon Bedrock上でのプロンプトエンジニアリングを継続的に改善しています。たとえば、最近では「Few-shot prompting」という技術を導入し、良い例や悪い例をいくつか提示したうえで判断するような形に進化させています。こうすることでモデルの理解が深まり、より正確な判断ができるようになります。
さらに、将来的には評価精度を自動で数値評価するメタ評価システムの導入や、違反の傾向をリアルタイムでレポートするダッシュボードなどの拡張も検討されています。
まとめ
PerformLineが取り組むプロンプトエンジニアリングの手法は、生成AIを現実のビジネス課題に応用するうえで、非常に参考になる事例です。規制業界において求められる高い水準の精度、プライバシー保護、適時対応のすべてを満たすために、最新のAIテクノロジーと人間の知見を組み合わせた高度なシステムを構築しています。
Amazon Bedrockのように、すぐに使える基盤と高度な柔軟性を併せ持つプラットフォームの登場によって、今後さらに多くの企業が生成AIを事業の中に取り入れていく兆しがあります。
コンプライアンス違反の検出はもちろんのこと、さまざまな分野での実用例が広がるなか、プロンプトエンジニアリングという技術が果たす役割は今後ますます大きくなるでしょう。
もし自社で、大量のテキスト情報のチェックやモニタリング、規制対応に課題を感じているのであれば、生成AIとプロンプトエンジニアリングの活用を検討する時期にあるのかもしれません。PerformLineの事例は、その一歩を踏み出すための示唆に富んだ好例と言えるでしょう。