生成AI(Generative AI)が急速に進化するなかで、その開発を支えるためのインフラにも大きな注目が集まっています。特に、基盤モデル(Foundation Models)の構築には、単なるコンピューティングパワーやアクセラレーターの提供を超える多様な要素が関わってきます。今回ご紹介するのは、Amazon Web Services(AWS)が日本のGENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)プログラムと協力して推進しているイニシアティブから得られた知見と、これにより明らかとなったFoundation Models構築のための実践的な取り組みです。
本記事では、GENIACプログラムに参加した複数の日本企業や研究機関が、AWSの支援のもと基盤モデルを開発・訓練した体験から得た、実運用に直結する教訓やベストプラクティスに焦点を当てています。高性能なコンピューティング環境の確保に加え、クラウドの柔軟性を最大限活かすアーキテクチャ設計、データパイプラインの効率化、そしてセキュリティやガバナンスへの配慮が、生成AI時代においていかに重要であるかを具体的な事例を通じて紹介します。
GENIACプログラムの背景と目的
GENIACは、日本国内で最先端の生成AI技術を迅速に商用化・社会実装することを目的とした取り組みです。国内の生成AIに関する研究開発力を強化し、スタートアップおよび大企業・研究機関の協業によってグローバル市場で戦える技術およびプロダクトを生み出すことが期待されています。
AWSはこのイニシアティブにおいて、参加者がクラウド上で基盤モデルを開発・学習できるよう、コンピュートリソースの提供のみならず、技術的なソリューションアーキテクチャ、セキュリティ対策、モデルトレーニングの最適化など幅広い分野で支援を行いました。
この取り組みには、大学などのアカデミア、製造業や通信、ソフトウェア開発企業をはじめ、多岐にわたる業界のプレイヤーが参加。その多様性は、生成AIが幅広い業界で活用されるポテンシャルを示すと同時に、複雑なユースケースに対する柔軟な設計と多様なアプローチの必要性を浮き彫りにしました。
コンピューティングリソースだけでは足りない:「Beyond Accelerators」
多くの人が生成AIの開発には強力な計算資源、特にGPUなどのアクセラレーターが不可欠であると考えています。もちろんこれは事実ですが、それだけでは不十分であることをGENIACの事例は浮き彫りにしています。
実際、AWSのサポートを受けたチームが直面したのは、次のような課題です:
– 大規模なデータの前処理と安全なストレージの確保
– トレーニングジョブの分散処理とスケーラビリティの担保
– コンピューティングコストの最適化と効率的なジョブスケジューリング
– 開発の透明性と再現性の確保
– 組織間・チーム間でのコラボレーション
これらの全てが、GPUを単に用意すれば解決する問題ではありません。GENIACプログラムを通じて、参加チームは「インフラ、データ処理、ワークフロー最適化、セキュリティなどを包括的に設計・実装すること」が、基盤モデルの成功には不可欠であることを改めて認識しました。
設計から運用まで。成功の鍵はトータルアーキテクチャにあり
GENIAC参加チームが最初に取り組んだのは、大規模モデルを支えるアーキテクチャの設計でした。AWSが提供する「トレーニングリファレンスアーキテクチャ」は、高効率なモデル学習に必要なパターンを凝縮した設計図とも言えます。
例えば、以下のようなコンポーネントが導入されました:
– Amazon SageMaker:分散学習やパイプライン処理を可能にするマネージドサービス。学習の繰り返しや再現性のある開発サイクルの維持に貢献。
– Amazon S3:大規模データのスケーラブルなストレージにより、効率的なデータアクセスと前処理が可能に。
– AWS CloudFormationやAWS CDK:インフラのコード化により、開発環境の迅速な構築とリプロビジョニングが実現。
これらの設計は「クラウドの自動化」「リソース最適化」「コスト管理」「スケーラビリティ」、すべてを高い次元で両立させる要素となりました。GENIACの具体的なプロジェクトでは、これらのベストプラクティスが積極的に取り入れられ、各社のユースケースに応じたカスタマイズが加えられていきました。
取り扱うデータの規模と信頼性:セキュリティとガバナンスの配慮
基盤モデルの構築では、データの質と量が成功を大きく左右します。その一方で、機密性の高いデータや著作権に関する問題など、取り扱いや利用に気を付けるべき要素も少なくありません。
そこでAWSは、セキュリティやデータガバナンスの観点から以下のような技術支援を提供しました:
– AWS Identity and Access Management(IAM):きめ細かなアクセス制御により、データの誤用を防止。
– セキュアなネットワーク設計:Amazon VPC、Private Subnetにより、トレーニングジョブをインターネットから隔離。
– Audit trailとログ記録:AWS CloudTrailで操作履歴を記録し、トラブル時の原因分析を容易に。
特にモデル法規制や情報倫理が重要視されるなかで、多くの企業がこうしたセキュリティの設計段階からの組み込みを評価。GENIACでは、法令や業界ガイドラインに準拠した形での設計が強く意識されていたことが印象的でした。
マルチプレイヤー環境での協業:文化とプロセスの構築
GENIACには大学、スタートアップ、IT企業、製造業、放送業など多様な組織が集まりました。そのため、文化や業務遂行プロセスが異なる中で、トレーニングや成果物の共有、フィードバックサイクルを円滑に回す仕組みの整備も重要でした。
AWSでは、MLOpsのベストプラクティスをベースに、コラボレーション可能な環境構築を支援します。例えば:
– Amazon SageMaker Studio:統合開発環境上でのプロジェクト管理が可能に。チーム間でのモデル共有やコメントのやり取りも容易となりました。
– Amazon CodeWhisperer:AIを活用したコード自動補完で、特に研究者や非専門家による開発支援に役立ちました。
– MLflowやTensorBoardとの連携:トレーニングの成果を可視化し、再学習やパラメータ調整も容易に。
こうしたツール群を活用することで、参加者同士の知見共有やノウハウ蓄積が活性化され、GENIACにおける協業は個々の取り組みにとどまらない相乗効果を生んでいきました。
技術面だけでなく、人と組織の成長という意味でも、このような仕組みは非常に価値あるものであると言えるでしょう。
まとめ:基盤モデル構築に求められる“総合力”とは
GENIACプログラムの事例から浮かび上がってきたのは、生成AIを支えるために必要なのは「アクセラレーターの提供」だけではなく、データ、インフラ構成、セキュリティ、ガバナンス、そして人材・組織の連携といった総合力であるという現実です。
AWSのように、クラウドインフラに留まらない包括的な支援を提供するパートナーの存在が、これからのAI開発においてはますます重要になっていくことでしょう。また、日本発のイニシアティブであるGENIACは、国内外を問わず多くの組織にとって、生成AIプロジェクトを推進するうえでの貴重なロードマップとなるはずです。
今後、AI技術を社会に定着させ、安全かつ信頼性の高い形で展開するためには、「技術」のみならず、「人の発想力」「組織の実行力」「環境の整備力」の三位一体のアプローチが求められていくことでしょう。そして、その実現には、GENIACで示されたような協業と共創のかたちが、未来の可能性を切り開く鍵となっていくのです。