生成AI活用の拡⼤に向けて — AWS Transit Gateway を活⽤したマルチテナントのハブアンドスポークアーキテクチャ
生成AI(Generative AI)は、企業の業務効率化から新しい価値の創造、さらには知的業務の代⾏にまで広く応⽤され始めています。その⾼度な⾃然⾔語処理や画像生成機能は、既存のビジネスプロセスにとどまることなく、新たな市場を創出しています。しかし、こうした先進的なAIの活⽤を本格的に展開するためには、⾼度なスケーラビリティとセキュリティを兼ね備えたアーキテクチャ設計が不可欠です。
とくに、複数の部⾨やプロジェクト、あるいは異なる顧客に対して柔軟かつ安全にAIモデルを提供してゆく場合、単純な一構成では運⽤上の限界があります。本記事では、そのようなニーズに対応するためのアーキテクチャとして注⽬されている「ハブアンドスポークモデル」に焦点を当て、AWS(Amazon Web Services)の「Transit Gateway(TGW)」を活⽤したマルチテナント構成のポイントについて詳しくご紹介します。
1. ハブアンドスポーク型アーキテクチャとは?
まず、基礎的な理解として「ハブアンドスポーク型アーキテクチャ」がなぜ今重要なのかを見ていきましょう。一般的に、複数のチームやワークロードを単一のクラウド環境上に統合する際、それぞれが独立したネットワーク構成やAWSアカウントを使用することで、セキュリティの分離とスケーラビリティの両立を目指します。
しかしこのような構成では、ネットワーク間の通信やリソースの共有、アクセス制御の管理が次第に複雑化していきます。ここで有効なのが、共通の「ハブ(中心)」を設け、各チームや顧客環境を「スポーク(枝)」として接続するハブアンドスポーク型です。この設計によって、各環境を独立させつつも、中央で効率的な管理・制御が可能になります。
2. AWS Transit Gateway の活用
AWS Transit Gateway(TGW)は、上記のハブアンドスポークモデルをクラウド上で具現化するためのサービスです。TGWは、複数のVPC(Virtual Private Cloud)やオンプレミス環境を単一のルーターのように結合し、中間の通信ポイントとして機能します。これにより、セキュアでスケーラブルなクロスVPC通信が実現でき、マルチテナント環境に適した構成が可能になります。
以下は、生成AIワークロードに最適化されたTGWベースのアーキテクチャにおける主要な要素です:
– セントラルAIアカウント(ハブ):生成AIアプリケーションや共通のAIモデル、学習済みのパラメータ群、トレーニング・推論の基盤となるサービスを集中管理するアカウント。この環境には、Amazon SageMakerやAmazon EFS、Amazon S3などが配置され、AIモデルのトレーニングおよびデプロイが行われます。
– スポークアカウント(テナント):各部署やプロジェクト、クライアント向けに独立して設計されたVPC群。それぞれが固有のAWSアカウントおよびアクセスポリシーを持ち、データセキュリティと運用の分離が保証されます。
– Transit Gateway:ハブと各スポーク間の通信接続を一元管理。ルートテーブルを制御することで、各テナント間の通信制限や中央AIアカウントへのアクセス範囲を柔軟に設定することができます。
3. セキュリティとガバナンスの確保
マルチテナント構成では、何よりもセキュリティとガバナンスの担保が重要です。AWS Transit Gatewayを利用することで、テナント間の「東西通信(East-West)」の制御が可能となり、意図しないリソースアクセスを防止できます。
また、通信トラフィックを中央管理できるため、監査ログの記録やトラフィック監視といったガバナンス面でも利点があります。たとえば、各テナントのアクセスログはAWS CloudTrailやAmazon CloudWatchでモニタリングされ、不正アクセスの検知や通信遮断などのセキュリティ対策にも効果的です。
4. 運用の柔軟性とスケーラビリティ
生成AIの活用が進むにつれ、新たなチームや取り扱うデータセットが増加していきます。ハブアンドスポーク構造では、スポークとなる新しいテナントVPCを迅速に追加できるため、ビジネスの変化にも柔軟に対応できます。
また、AIモデルの再学習が必要になった際にも、共通のハブから一元的に更新が可能で、変更を全体に迅速に反映できます。これにより、運用の一貫性が保たれると同時に、個々のスポーク環境での設定のばらつきを最小限にできます。
5. ケーススタディと推奨構成
AWS公式ブログでは、実際にこのようなハブアンドスポーク構成を採用した生成AI活用事例も紹介されています。たとえば、ある企業では、自社のAIモデルを複数のサブブランドや外部パートナーに提供するため、TGWを利用した構成を構築しました。
この企業では以下の戦略が採用されました:
– セントラルアカウントにSageMakerトレーニングのパイプラインや共有AIモデルを構築
– 各テナントアカウントは推論だけを実施し、本番稼働における負荷を分散
– Transit Gatewayを用いたセグメント化により、各顧客間での完全な分離を実現
このように、共通化と独立化のバランスを取りながら運用が可能となります。
6. まとめ
生成AIのスケーラブルな展開においては、統合的な管理と運用の柔軟性、そしてセキュリティの確保が求められます。AWS Transit Gatewayを用いたマルチテナントのハブアンドスポークアーキテクチャは、それらすべてをバランス良く満たす手法として注目されています。
このアーキテクチャを採用することで、以下のメリットが得られます:
– テナントごとの運用とセキュリティの分離
– 中央のAI資源の効率的な再利用
– 大規模環境における通信用ルートの簡易管理
– セキュリティおよびアクセス制御ポリシーの一元化
– 将来的なテナント拡張への柔軟な対応
今後の生成AI活用において、マルチテナント化はますます重要性を増していくと考えられています。Part 1となる本記事では、基盤となるネットワーク構成と全体設計の考え方を概説しました。次回のPart 2では、ハブであるセントラルAIアカウント側における生成AIパターンの実装や、サービス連携の詳細について掘り下げていきます。
生成AIを組織全体で活用していく第一歩として、ここで紹介したアーキテクチャを参考に、スケーラブルで柔軟な環境づくりを検討してみてはいかがでしょうか。