近年、生成AIの技術は目覚ましい進化を遂げ、企業における業務効率化・生産性向上に大きく貢献しています。その中でも、ユーザーからの問い合わせや社員の情報検索といったナレッジ共有の場面において、高精度かつリアルタイムな情報提供が求められるようになっています。しかし、多くの企業では社内に膨大なドキュメントが存在し、情報アクセスの難しさが依然として課題となっています。
このような現状に対して、Amazonはその革新的なサービス「Amazon Bedrock」を活用することで、“必要なときに必要な知識を提供する”「Just-in-Time Knowledge Base(JIT KB)」の構築を提案しています。本記事では、Amazon Bedrockを用いたJITナレッジベース構築の方法とそのメリット、実装のアーキテクチャ、関連するAWSサービスなどについて、できるだけわかりやすく解説していきます。
Amazon Bedrockとは?
Amazon Bedrockは、Anthropic、AI21 Labs、Stability AI、Cohereなどの主要なモデルプロバイダーが提供するファウンデーションモデルに、API経由でアクセスできるサービスです。AWS上で完全マネージドな状態で動作するため、利用者はモデルの管理やスケーリングを気にすることなく、アプリケーションへの統合が可能になります。
さらに、独自のデータでファインチューニングすることなく、プロンプトエンジニアリングや外部データのインジェクションによって自社に最適な回答を提供するアプリケーションを構築することが可能です。
JITナレッジベースとは?
JITナレッジベースとは、特定の瞬間において必要な情報だけを取得し、それに基づいて応答を生成する動的なナレッジシステムです。これは従来型のFAQや固定的なドキュメントベースのナレッジベースとは異なり、リアルタイムで最新かつ文脈に沿った情報をユーザーに提供できる点で大きな優位性を持ちます。
この仕組みは「Retrieval-Augmented Generation(RAG)」というアプローチによって実現されます。RAGとは、まず高精度のドキュメント検索を行い、その検索結果をもとに生成AIモデルが回答を構成するという流れを取る手法です。これにより、文脈に合った正確な回答を生成することができます。
JITナレッジベースを支えるAWSの構成要素
Amazon Bedrockを中心に構築されるJITナレッジベースは、以下のAWSサービスや技術を組み合わせることで実現されます。
1. Amazon Simple Storage Service(S3)
社内ドキュメントやナレッジベースに使用したいデータを保存するためのストレージとして活用されます。PDFやテキストファイル、HTML、PowerPointなど、さまざまな形式のファイルが対象となります。
2. Amazon OpenSearch Service / Amazon Kendra / Amazon Aurora
検索インデックスを管理し、高速かつ関連性の高い情報検索を実行する役割を担います。OpenSearchはオープンな検索エンジンとして柔軟性が高く、Auroraは構造化データに最適です。
3. Amazon Lambda
サーバーレスで関数を実行し、プロンプトの生成や前処理、検索エンジンからの結果の取得と整形などを行います。
4. Amazon API Gateway
フロントエンドアプリケーションとバックエンドアーキテクチャを接続するためのAPIインターフェースを提供します。
5. Amazon Bedrock
ユーザーからの自然言語クエリに対して、コンテキストに応じた回答を自然な形で生成します。AnthropicのClaudeやAI21のJurassic、そしてStability AIのStable Diffusionなど、用途に応じたモデルを選択可能です。
6. LangChainまたはAmazon SageMaker
複雑なチェーン処理やワークフローの構築が必要な場合に使われます。LangChainはプロンプトの設計やフローの設計を簡単にし、SageMakerは高度なMLパイプラインや独自モデル開発に応用できます。
JITナレッジベース構築の流れ
1. データの準備
まず、社内にあるFAQ、マニュアル、サポートドキュメントなどを収集し、適切なストレージ(Amazon S3など)にアップロードします。情報はPDF、Word、HTML、CSVなどのフォーマットで格納可能です。
2. データの分割とインデックス化
多くの生成AIモデルは長文の処理が難しいため、ドキュメントをチャンク(短いテキスト片)に分割し、意味ベクトルを作成します。これにはBedrock上の埋め込みモデル(Embedding model)を使用し、生成されたベクトルをOpenSearchやAuroraに格納して検索可能な形にします。
3. クエリの処理と情報検索
ユーザーの質問が入力されると、Lambda関数がその内容をベクトル化し、既存のインデックスと比較して関連性の高いチャンクを選びます。
4. 情報をもとに回答生成
取得された情報をもとに、新たにプロンプトを設計し、それをBedrockの生成モデルに渡すことで、文脈に沿った自然な回答が生成されます。
5. 応答の返却と改善
生成された回答はユーザーに返されるだけでなく、フィードバックとして保存し、今後の回答の質改善や学習に活用される可能性もあります。
この時、機微なデータや機密情報が含まれないようなフィルタリング処理や、ユーザーごとのアクセス制御なども同時に組み込むことで、より安全かつ運用可能なシステムとなります。
JITナレッジベースの活用シーン
このようなJITナレッジベースは、さまざまな業種・業務での応用が期待されます。以下はその一例です。
顧客サポート:カスタマーサポートチームが問い合わせ対応の時間を短縮し、対応品質を向上させることが可能です。
社内ヘルプデスク:社員が社内制度やワークフローについて質問したとき、人手を介することなくリアルタイムに正しい情報を得られます。
営業支援:営業担当者が製品情報や競合情報を即時に取得し、提案活動を迅速化できます。
法務・人事部門:各種規定や契約書テンプレートなどへの自然言語でのアクセスが容易になります。
教育や研修:教育機関や企業研修において、学習者の質問に即座に答えるアシスタントとして活用できます。
まとめ:すぐにでも始められる、効率的な知識活用の第一歩
Amazon BedrockとAWSのさまざまなサービスを組み合わせることで、柔軟かつ高精度なJITナレッジベースを構築することが可能となります。この仕組みは、ドキュメント量が多く、日々変化する情報を扱う企業にとって非常に大きな価値をもたらします。
導入の敷居が比較的低く、段階的なスケールアップも可能であるため、まずは一部の部署や簡易なデータセットから試験的に導入することも現実的です。その効果を体感しながら、社内全体への水平展開を進めていくことで、企業の知識活用レベルを飛躍的に高めることができるでしょう。
これからの時代、情報を単に「持っているだけ」ではなく、「タイムリーかつ正しく使えること」が企業にとっての競争優位性を決定づける要素となります。Amazon Bedrockを活用したJITナレッジベースは、その理想の実現に向けた有力なソリューションです。ナレッジ共有の革新へ、今こそ一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。