近年、AI技術の進歩により、特に大規模言語モデル(LLMs: Large Language Models)の応用範囲が広がっています。生成系AIによって実現される便利なサービスや活用方法が数多く登場する中で、そのセキュリティへの懸念も深刻化しています。悪意あるインプットによって有害なコンテンツが生成されたり、機密情報が意図せず露呈したりと、AIの誤用や悪用が現実の問題として議論されています。
このような流れの中で、AI開発者やセキュリティ専門家の間では、LLMの安全性と信頼性をどう評価・改善していくのかという課題が大きな焦点となっています。そしてこのたび、機械学習プラットフォームであるHugging Faceが、新たな評価フレームワーク「CyberSecEval 2」を発表しました。この評価フレームワークは、大規模言語モデルの持つサイバーセキュリティリスクとその処理能力を広範に分析することを目的としています。
本記事では、CyberSecEval 2とは何か、その背景や仕組み、なぜ注目されているのかを詳しく解説していきます。
CyberSecEval 2とは?
CyberSecEval 2は、大規模言語モデルがどの程度セキュリティに関する危険な問いに対応できるか、あるいは対応すべきでないかを評価するための総合的なベンチマークフレームワークです。その設計は、大規模言語モデルの安全性・堅牢性・倫理性の改善を支援することを目的としています。
この評価フレームワークは、2023年に公開されたオリジナルのCyberSecEvalをベースとしながら、より高度で実践的な測定を可能にするために設計されています。評価には2つの主要な側面があります。
1. モデルが悪意あるサイバーセキュリティ関連のリクエストに「どれだけ従ってしまうか」(毒性の評価)
2. モデルが合法的で倫理的なセキュリティに関する質問に「どれだけ正確に回答できるか」(実用能力の評価)
この2軸の評価によって、単にモデルが危険なコンテンツを出していないかどうかだけでなく、信頼できる情報源として実際にどれだけ役立つのかも分析できるのが特徴です。
評価内容と具体的なケース
CyberSecEval 2は、従来の評価フレームワークに比べて大きなスケールで、より多様で現実的なプロンプト(入力文)を取り入れています。その中には、以下のようなものが含まれています。
– マルウェア作成依頼
– クロスサイトスクリプティング(XSS)に関する説明の要求
– データ漏洩事例の模倣
– 攻撃スクリプトの生成依頼
これらのプロンプトに対して、AIモデルが応じるかどうか、またどの程度の妥当性・具体性を持つ情報を返すかが評価されます。セキュリティを高める観点から言えば、良いモデルというのは「悪意あるインプットに適切に拒否し、かつ正当なインプットには的確に回答が可能」なモデルです。
一方で、単にすべてのセキュリティに関する質問に抑制的な反応しか示さない場合、それは「安全」ではあっても「有用」ではありません。そのため、CyberSecEval 2では、悪用の可能性があるプロンプトに対する拒否能力と、脆弱性の修正や情報セキュリティ向けの合法的リクエストへの応答性の両方を測定対象としています。
Llama Guard:評価支援のためのセーフガードモデル
CyberSecEval 2を補完する形で開発されたのが、Llama Guardというセーフガード用のモデルです。これは、Metaが開発したLlama 2モデルの軽量版をベースにして訓練されており、ユーザーからの入力がセキュリティ的に有害であるかを事前に検出する仕組みを備えています。
実際のAIアプリケーションでは、ユーザーからのリクエストがどのような意図を持つものかを判断するのは極めて重要です。たとえば、同じ「XSSとは何?」という質問でも、その提出タイミングや文脈次第で、教育目的のものか、悪用を意図するものかが異なってきます。Llama Guardは、こうした微妙なニュアンスを踏まえて、プロンプトを分類・フィルターするための補助ツールとして活用されます。
このモデルは、Hugging Faceのプラットフォーム上でオープンソースとして公開されており、開発者が自らのモデル監視システムに組み込めるようになっています。さらなる安全性を求めるAI開発者や企業にとって大きな手助けとなるでしょう。
リーダーボードでの評価と透明性の確保
CyberSecEval 2には「リーダーボード」が設けられており、これまでに評価されたモデルの中から、その成績が高かったものをランキング形式で確認できます。こうしたランキングの公開は、LLM開発者やAI利活用企業に対して、どのモデルが最も安全かつ有用であるかの参考になります。
また、透明性の確保という点でも非常に意義があります。AIモデルはその内部構造がブラックボックス化しがちで、「なぜそのような回答をしたのか」や「どんな訓練データを使ったのか」の説明が困難な場合があります。CyberSecEval 2のような客観的かつ中立的な評価フレームワークの存在は、その信頼性を示すうえでも重要な役割を果たします。
AIセキュリティにおける今後の展望
AIの利用範囲が広がるほど、セキュリティの確保はより厳格でなければなりません。かつてはITセクターや研究分野に限定されていたAI活用も、今や教育、医療、金融、防災、エンターテインメントなど、私たちの生活のあらゆる領域に応用されています。このような時代背景の中では、より厳格な審査基準を設け、悪用リスクを最小限に抑えるための動きが欠かせません。
CyberSecEval 2のような取り組みは、まさに現在のAI技術開発と社会との共存に必要不可欠なものです。AI開発者だけでなく、AIを業務に取り入れようとする企業、さらには一般ユーザーにとっても、信頼できるモデルを選ぶための参考材料として大いに価値があります。
まとめ
AIの急速な発展とともに、求められるセキュリティ基準も高まっています。CyberSecEval 2は、大規模言語モデルが直面するサイバーセキュリティの課題に対して包括的に向き合い、その安全性や信頼性を可視化する極めて重要な評価基準です。
今後ますます進化するAI社会において、こうした取り組みの存在は、技術の恩恵と安全性の両立を図るうえで欠かせない要素となるでしょう。AIが真に人間社会に根付き、持続可能な形で活用されるためにも、CyberSecEval 2のようなフレームワークが果たす役割は今後さらに重要になっていくと考えられます。