近年、顧客体験の向上を目的として、企業がAI技術を活用する事例が急増しています。その中でも、音声バーチャルアシスタント(Voice Virtual Assistant:以下、VVA)の導入は、24時間体制でのカスタマーサポートを可能とし、顧客満足度の向上やオペレーショナルコスト削減に大きく寄与しています。今回は、米国の大手金融サービス企業であるPrincipal Financial Group(プリンシパル・ファイナンシャル・グループ)が、AWS(Amazon Web Services)が提供する複数の重要なサービスを組み合わせることで、VVAのパフォーマンスとユーザー体験をどのように改善したのかについてご紹介します。
この記事では、Principal Financial GroupがどのようにGenesys Cloud、Amazon Lex、Amazon QuickSightを組み合わせて自社のカスタマーサポート体制を次のレベルへと引き上げたのか、その実装の過程や得られた成果について詳しく解説します。
金融サービス業における顧客対応の重要性
金融サービス業では、顧客との継続的な信頼関係が非常に重要です。お金に関する問題は、感情的にもタイムセンシティブ(時間に敏感)であるため、迅速かつ正確な対応が求められます。このような背景のなかで、迅速で信頼できるVVAの提供は、顧客体験の向上のみならず、企業ブランディングやコンプライアンスの観点からも非常に重要です。
Principal Financial Groupは、生命保険、退職年金、資産運用などを手がける世界有数の金融企業であり、数百万人の顧客に対する質の高いサポート体制を構築する必要があります。しかし、従来のカスタマーサポート手法では、ピーク時の問い合わせに対応しきれないこともありました。この課題を解決するために導入されたのが、AIとクラウドを活用したVVAの向上でした。
採用されたテクノロジー:Genesys Cloud、Amazon Lex、Amazon QuickSight
Principal Financial Groupは、クラウドベースのコンタクトセンターソリューションであるGenesys Cloudを採用することで、柔軟かつ高度な通話管理機能を手に入れました。そして、VVAのコアとなる自然言語理解(NLU)エンジンにはAmazon Lexを使用。Amazon Lexは、Amazon Alexaの基盤エンジンでもある高性能なボイス・チャットボットエンジンで、多様な自然言語入力を解釈し、適切な対話の流れを形成することができます。
さらに、VVAのパフォーマンスを定量的に追跡・分析するために活用されたのが、Amazon QuickSightというBI(ビジネス・インテリジェンス)サービスです。これにより、日々蓄積される顧客との対話データやオペレーションデータを可視化し、どの応答がうまくいったのか、あるいはどこに改善の余地があるのかを特定することができます。
プロジェクトのフェーズと技術的アプローチ
Principal Financial Groupは、音声VVAの運用改善を段階的に進めていきました。
まず最初のフェーズでは、現在のVVAの問題点を洗い出し、問い合わせカテゴリーや通話フローを詳細に分析。次に、顧客との対話シナリオをAmazon Lexで再構築し、カスタマイズ可能なNLUモデルを構築しました。ここでは、顧客がどのような言葉や言い回しを使うかを想定し、それに対応できるようにLexのIntent(意図)とSlot(変数情報)を設計。
運用フェーズに入ってからは、取得した通話データをAmazon QuickSightでダッシュボード化し、VVAのパフォーマンス分析をリアルタイムに実施。具体的には以下のようなKPIがモニタリングされました:
– 顧客が自己解決できた割合(Self-Service Rate)
– オペレーターへ転送されたケースの割合
– 各意図に対する認識正確度
– 通話の平均時間
– 顧客満足度(CSAT)
このような指標を常時モニタリングしながら改善を加えることで、VVAの応答能力を着実に向上させていったのです。
ユーザービリティとアクセシビリティの向上
VVAを導入する際にしばしば課題となるのが、ユーザーにとって使いやすいかどうかです。Principal Financial Groupは、Voice UX(ユーザー体験)に関するベストプラクティスを取り入れることで、誰もが迷わず、ストレスなくVVAを利用できるように設計しました。
例えば、高齢者などテクノロジーに不慣れなユーザーでも操作しやすいように、短く簡潔な質問と案内で対話を進行。また、複数の話し方に対応できる柔軟なNLU設計や、アクセントや方言への対応も可能なモデル精度を確保するなど、ユーザー多様性に対応する工夫がなされています。
プロジェクトの成果と今後の展望
本プロジェクトの最大の成果といえるのは、VVAによる自己解決率が著しく向上し、顧客満足度に好影響を与えたことです。これにより、オペレーターがより複雑な問い合わせや、高付加価値な業務へ集中できるようになり、チーム全体の生産性の向上が確認されました。
また、Amazon QuickSightの導入により、エンジニアやオペレーターだけでなく、経営層も含めたさまざまな職階のメンバーが、VVAの現状と課題を共有できるようになりました。それに伴い、改善の意思決定が迅速化し、よりアジャイルな運用体制が構築されています。
今後はマルチチャネルへの展開(ビデオ、チャット、メールなど)や、より高度なパーソナライズ機能の統合、さらには顧客行動を予測する予測分析機能の拡充が予定されています。AIとクラウドの発展スピードを考えると、今後数年間でさらに高度な顧客対応体験を提供できる可能性は非常に高いといえるでしょう。
まとめ:クラウドAIの力で変革する顧客体験
今回のPrincipal Financial Groupの事例から読み取れるように、AIとクラウドを融合したソリューションは、顧客体験の質を大幅に高める可能性を秘めています。特にAmazon Lexによる自然言語処理機能と、QuickSightによる高精度な可視化・分析機能の組み合わせは、VVAのパフォーマンス最適化における強力な武器となります。
音声での自然な対話によって顧客の課題がすばやく解決されるだけでなく、企業側も膨大なデータからリアルタイムで知見を引き出すことができるようになります。利便性の向上とオペレーション効率化という、いわば「一石二鳥」を実現しているのです。
カスタマーサポートの質が顧客の信頼にも直結する今、こうしたテクノロジーをうまく取り入れることは、企業の未来を左右すると言っても過言ではありません。今回のPrincipal Financial Groupの取り組みは、その好例であると同時に、他の企業にとっても大きなヒントとなることでしょう。今後、AIとクラウドがどのような形でビジネスを進化させていくのか、引き続き注目していきたいところです。