現在、AIの進歩において注目されているのが「マルチモーダル汎用モデル(Multimodal Generalist)」の開発です。これは、テキスト・画像・音声・動画といった複数の形式(モダリティ)を理解するだけではなく、生成までも行う高性能なAIのことを指します。従来は、特定のタスクやモダリティに特化した「専門家型モデル」が主流でしたが、現在はより汎用的で人間に近い柔軟性を持つ「汎用型モデル」への移行が進んでいます。
この新たな動向を背景に、論文「On Path to Multimodal Generalist」では、マルチモーダルAIの性能と汎用性を評価するための新たな基準とベンチマーク「General-Level」と「General-Bench」が提案されています。
■ General-Levelとは何か?
「General-Level」は、マルチモーダルAIの“本当の汎用性”を測るための評価フレームワークです。これまで、多くのAIモデルは「画像キャプション生成」や「テキスト質問応答」など、個別に分解されたタスクの正答率で評価されてきました。しかし、それだけでは「このAIはどれだけ賢いか」までは分かりません。
General-Levelでは、モデルの性能をただの正答率ではなく、以下のような観点から評価します:
1. 理解と生成の両方に対応できるか(双方向性)
2. 複数のモダリティ間で一貫した性能を発揮できるか(マルチモーダル・シナジー)
3. 難易度の低い基本的タスクだけでなく、論理的推論を含む高度なタスクにも対応できるか(粒度の多様性)
この評価フレームでは、5段階のレベル分けがされており、人間的な汎用AI(AGI)にどれほど近づいているかを段階的に見ることができます。
■ General-Bench:700以上のタスクで徹底評価
このフレームワークの屋台骨となるのが「General-Bench」というベンチマークです。これは、以下のように非常にスケールの大きなセットです:
– 700以上の異なるタスク
– 合計32万件を超える問題(インスタンス)
– テキスト・画像・音声・ビデオなど、あらゆるモダリティに対応
– 理解と生成、両方の能力を横断的に評価
このベンチマークは、従来の限定的な評価セットを超え、マルチモーダルAIを“汎用性”という観点で網羅的に計測できる点が特長です。
■ 100モデル以上を評価:本当に強いAIはどれか?
この研究では、実際に100種類以上の最先端マルチモーダルAIをGeneral-Benchで評価した結果、それぞれが得意とする分野や苦手とする領域が可視化されました。驚くべきことに、「単純なベンチマークで高得点を取るモデルが、必ずしも全体的に汎用性の高いモデルとは限らない」ことが判明したのです。
例えば、あるモデルは画像認識では極めて高性能であっても、音声理解や質問回答では性能が落ちたりします。逆に、平均的な性能に見えても、複数のモダリティで安定して高い成績を出すモデルこそが、真のマルチモーダル・ジェネラリストへの道を歩んでいるといえるのです。
■ 技術的観点からのポイント:シナジーとアライメント
この研究の中で注目すべき技術用語が「Synergy(シナジー)」です。これは、複数モダリティ間での統合的な理解・生成をどれだけ自然に行えるか、という指標です。
例えば、人間であれば「画像を見て感想を述べる」「音声から意味を理解して返答する」といったことはスムーズに行います。しかしAIにはこれが難しい。理由は、テキスト・画像・音声などのモダリティごとに異なる特性を持ち、それぞれの学習方法が異なるからです。そのため、モダリティ間の「アライメント」、すなわち調和・一貫性を保った学習が技術的な鍵になります。
最新のマルチモーダルモデルでは、Vision TransformerやMultimodal Adapter、Cross-Modal Attentionといったアーキテクチャが実装され、このシナジー性の向上に取り組んでいます。
■ AGIに一歩近づくためのインフラとして
このGeneral-LevelとGeneral-Benchの公開は、今後のマルチモーダルAIの開発にとって非常に重要な一歩です。AIを“語学の達人”から“人間レベルの理解者”へと進化させるには、データ・評価・アーキテクチャの全てで汎用性を追求する必要があります。
特に、AGI(汎用人工知能)の実現を目指す研究者にとって、このフレームワークは「どの段階が足りないのか」「どこを改善すべきか」を知るための羅針盤になるでしょう。
■ 結論:AIの本当の進化は“広さ×深さ”のバランス
単に1つの分野で高精度なモデルを作るだけでは、AIの真の発展とは言えません。マルチモーダルという“広さ”と、論理的理解や生成の“深さ”を兼ね備えてこそ、人間のようなAIへ近づくことができるのです。
General-LevelとGeneral-Benchは、その進化の到達点を測るための「定規」の役割を果たします。今後、各国の研究機関や企業がこれを基盤に次世代AIを開発し、人類が目指す“AGI”に一歩ずつ近づいていく日が期待されます。
公式プロジェクトページ:https://generalist.top/
論文閲覧:https://arxiv.org/abs/2505.04620